浴槽のないアパート
11月2日 曇り時々雨
ホームセンターから電話。発注していた大型タライが届いたらしい。
小雨の中、傘をさして取りに行く。あまりにタライが大きいため、レジでお店の人が困っている。
「お車でお越しではないんですよね?」
「あ、はい。歩いてきました」
「この袋に入れても大丈夫ですか?」
透明の、大きなゴミ袋に入れてもらった。袋には持ち手がない。
小雨のなか傘は差さず、ビニール袋に包まれたタライを両手で抱え、家まで歩く。
周りの視線が気になる。
持ち帰ったタライを風呂場へ持ち込み、さっそくお湯を溜めてみる。ゴミバケツのような冴えた水色のタライの中に、お湯が溜まっていく。
さてどうしようかと考えていると、また携帯が鳴った。
「はい」「あ、フジノさん※? ワタベです。」(※フジノは仮名=せんと♨︎ガールです。
下の階に住む大家さんのとこの、上の息子さんだった。
息子さんは二人いるのだが二人揃って大工さんで、家の不具合があるとすぐに部屋に駆けつけ、何でも直してくれる。趣味は兄弟揃ってサーフィンで、鍛え上げた体が見るからに強そうだ。安心して暮らしている。
上のお兄さんは焼けた肌と金髪がよく似合う、底抜けに明るい人なのだ。
「お風呂場のタイルがかけたところ、直しちゃおうかなーと思って! フジノさん、今大丈夫かな?」
携帯の向こうから明るい声がする。
「あ、お風呂場…ですか。あ、いえ。もちろん、大丈夫です。」
途中まで溜めていたお湯を捨て、タライを風呂場の脇に立てかけた。
お兄さんはパテを器用に使い、タイルとタイルの間に何か塗っている。
「フジノさん、これ何?」
タライに目をやり、お兄さんが聞く。
「でっかいねえ〜。何に使うの?」
「あ、いや、別に何に使うというわけでもなく…」
「ふーん…」
お兄さんは、それ以上何も聞かなかった。
つづく。