せんと♨︎ガール

美大出身の「せんとガール」が、昔ながらの銭湯をめぐる。(主に東京) 

風呂屋Live!

富士見湯日記より。

※富士見湯日記とは・・・せんとガールが学生の頃にアルバイトをしていた「富士見湯ケンコー銭湯」での出来事をまとめた日記なのです最初から読む方はこちらから。

 

2011年 11月12日 晴れ 

f:id:saint-girl:20150502224112j:plain

 

この日の平日も、お客さんは二階へ上がってこない。

わたしはカラオケの機械の前にある椅子で、ゴミ箱に向かってひとり鉛筆を削っていた。

ウィーン、と自動ドアが開く音がし、

「わっ!ひろーい !」と、明るい女の子の声がした。

お客さんだ。

二十歳くらいだろうか。だぼだぼしたジャージのような、くつろいだ格好をしている。

「おっ、いいじゃん、ここ〜♪」

続いて座敷に入ってきた男性も、明るい。こちらはトレーナーにジーパン姿。

珍しく、見たことのない若いカップルだ。

 

座敷に入ってきた二人は、賑やかな様子で席に座った。

「ねえねえっ何食べる !?」

少しぽっちゃりした二十歳くらいの女の子は、こっちにおしりを向けて、机に身を乗り出してメニューを見ている。

「うーん、俺はそーだなあっ !どうしよっかなー」

陽気な二人だなぁ。

お兄さんは、スラッと細く、笑顔が爽やかだった。

「はやく決めちゃいなよっ」

「はいはい、おねえちゃん、冷や奴あるかな? あと、レモンサワー !」

「はいっ。ありますよ〜!」

二人の明るさに、こっちまで自然に笑顔になる。

豆腐を切って冷や奴を作っていると、「おとうさん、何か歌ってよ !」と聞こえた。

え、おとうさん。三〇歳ぐらいに見えるのに。

「しょうがねえなあー。」

若いパパだったのか。あんなにカッコいいお父さん、うらやましい。かつお節、山盛りサービス。

f:id:saint-girl:20150502224226j:plain

 

若くてかっこいいお父さんは、「おねえちゃん、B,zのウルトラソウル入れて」と言い、こっちを指差し、軽くウインクしてきた。私は少し震えた。

 

前奏が始まると、舞台に上がったお兄さん(若いお父さん)は、体全体を揺らし、指を鳴らしながらリズムを取りだした。やけに、動きにキレがある。
それに、歌が、うまい。

「ヘエーーーイ !」

間奏に入ったところでお兄さんは高い声を上げ、天高く指差し、飛び跳ねて踊りだした。魅入らずにはいられない。
普段、演歌や日本歌謡ばかり聞いていたので、若い人の歌を聞く方が、新鮮なのである。女の子も、キャハハー、パパすごいー !と笑って、楽しそうだ。

 

お兄さんは、曲が次の間奏に入ってからも二人の観客へのサービスを休まず、靴下の滑りを利用し、舞台の端から端までスライディングした。
そしてすらっと長いからだをひるがえし、ポーズを決めて舞台の中心に戻った。
私はなにか叫んでいた。おそらく、目を輝かせていただろう。

 

お兄さんは前に向き直ると、私に向かって指を差し、また笑顔で目配せしてきた。ごと、と、私の中の何かが動いた。一心不乱に拍手をする。

f:id:saint-girl:20150502225443j:plain

その後もお兄さんは、B,zの歌を続けざまに2、3曲歌い、静かだった二階の宴会場は、ほんのひと時ながらも、ライブ会場となった。

 

帰り際、上着を羽織りながら「楽しかったよ !」と言って、こっちに人差し指を向け、またウインクをするパパ。


「また来てください !」と言うのが精一杯だった。

 

f:id:saint-girl:20150502222011j:plain

 

せんと♨︎ガールの他の記事も読めます。

▶︎まちの銭湯めぐり

▶︎富士見湯日記

 

Facebookにいいね!でブログの更新情報が届きます。