風呂屋Live!
富士見湯日記より。
※富士見湯日記とは・・・せんとガールが学生の頃にアルバイトをしていた「富士見湯ケンコー銭湯」での出来事をまとめた日記なのです。最初から読む方はこちらから。
2011年 11月12日 晴れ
この日の平日も、お客さんは二階へ上がってこない。
わたしはカラオケの機械の前にある椅子で、ゴミ箱に向かってひとり鉛筆を削っていた。
ウィーン、と自動ドアが開く音がし、
「わっ!ひろーい !」と、明るい女の子の声がした。
お客さんだ。
二十歳くらいだろうか。だぼだぼしたジャージのような、くつろいだ格好をしている。
「おっ、いいじゃん、ここ〜♪」
続いて座敷に入ってきた男性も、明るい。こちらはトレーナーにジーパン姿。
珍しく、見たことのない若いカップルだ。
座敷に入ってきた二人は、賑やかな様子で席に座った。
「ねえねえっ何食べる !?」
少しぽっちゃりした二十歳くらいの女の子は、こっちにおしりを向けて、机に身を乗り出してメニューを見ている。
「うーん、俺はそーだなあっ !どうしよっかなー」
陽気な二人だなぁ。
お兄さんは、スラッと細く、笑顔が爽やかだった。
「はやく決めちゃいなよっ」
「はいはい、おねえちゃん、冷や奴あるかな? あと、レモンサワー !」
「はいっ。ありますよ〜!」
二人の明るさに、こっちまで自然に笑顔になる。
豆腐を切って冷や奴を作っていると、「おとうさん、何か歌ってよ !」と聞こえた。
え、おとうさん。三〇歳ぐらいに見えるのに。
「しょうがねえなあー。」
若いパパだったのか。あんなにカッコいいお父さん、うらやましい。かつお節、山盛りサービス。
若くてかっこいいお父さんは、「おねえちゃん、B,zのウルトラソウル入れて」と言い、こっちを指差し、軽くウインクしてきた。私は少し震えた。
前奏が始まると、舞台に上がったお兄さん(若いお父さん)は、体全体を揺らし、指を鳴らしながらリズムを取りだした。やけに、動きにキレがある。
それに、歌が、うまい。
「ヘエーーーイ !」
間奏に入ったところでお兄さんは高い声を上げ、天高く指差し、飛び跳ねて踊りだした。魅入らずにはいられない。
普段、演歌や日本歌謡ばかり聞いていたので、若い人の歌を聞く方が、新鮮なのである。女の子も、キャハハー、パパすごいー !と笑って、楽しそうだ。
お兄さんは、曲が次の間奏に入ってからも二人の観客へのサービスを休まず、靴下の滑りを利用し、舞台の端から端までスライディングした。
そしてすらっと長いからだをひるがえし、ポーズを決めて舞台の中心に戻った。
私はなにか叫んでいた。おそらく、目を輝かせていただろう。
お兄さんは前に向き直ると、私に向かって指を差し、また笑顔で目配せしてきた。ごと、と、私の中の何かが動いた。一心不乱に拍手をする。
その後もお兄さんは、B,zの歌を続けざまに2、3曲歌い、静かだった二階の宴会場は、ほんのひと時ながらも、ライブ会場となった。
帰り際、上着を羽織りながら「楽しかったよ !」と言って、こっちに人差し指を向け、またウインクをするパパ。
「また来てください !」と言うのが精一杯だった。
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