バスタオル
富士見湯日記 *1 より。
2011年 7月3日 晴れ
「はい、じゃあ三百円でお願いね」
「分かりました」
タオルがいっぱいに入った大きなかごを持ち、外用サンダルを履き、コインランドリーまで運ぶ。外の空気がおいしい。
お客さんが使い終わった貸しタオルを洗濯機に入れ、コインを投入して、回す。これが、富士見湯バイトのもう一つの仕事だ。
乾燥機から乾いたタオルを取り出し、また満タンのかごを両手で下げて、富士見湯のロビーへ戻る。
一階で、テレビを見ながらピンクのタオルを畳むこの時間は、軽い休憩時間のようなものだ。だけど、手際よく畳まないと叱られるので、加減が大切だ。
この日、見た事の無い白地のバスタオルが出てきた。
いや、元は白地だったらしい…という方が正しい。全体に灰色っぽく薄汚れており、ところどころが真っ茶色に変色している。
そしてマジックで書かれたのか、かなり大きな文字で、無造作に「南」と書かれている。
え・・これ、ぞうきんですか?
番台の前まで行き、奥さんに尋ねる。
「それね、社長のバスタオル」
「畳んでおいてね。使えるものはいつまでも使うのよ。社長さんは」
一番汚くなったタオルを、「俺はこれでいい」と、わざわざ使うらしい。雑巾として使ってるタオルの方がまだ綺麗なのでは…と思うほどの汚れだ。
あっけに取られていると、ちょうどそこに社長がやってきた。
「社長、こんなタオル使ってるの?」
右手のタオルを見せる。
「そうだよ」
「こんなにタオルあるのに…。綺麗な方が気持ちいいよ」
「俺は、それでいいんだよ。そーゆうのはこだわらないの」
社長の顔は真面目だ。冗談か本気か、分からない。
奥さんの方を向き直ると、「ね、しょうがない人でしょ」という顔をして見せた。
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*1:※「富士見湯日記」とは……せんと♨︎ガールの学生時代のアルバイト先、「富士見湯ケンコー銭湯」での出来事を日記に綴ったものなのです。(銭湯の名前をクリックすると、地図が出ます。)