僕の夢
富士見湯日記 *1 より。
2011年 6月2日 雨
カラオケの機械の前で、ひとりペン立ての整理をしていた。お客さんが来ない。
あまりにもやることがないので、整体室の隣にある個室へ行き、社長が普段使っている机の上を片付けることにした。
お客さんが使う部屋でもあるのに、書類が山積みになっている。せめて散らばっているものを、まとめておこう。
手を伸ばそうとすると、太々と書かれた、ゴシック文字のプリント一枚に、目に止まった。
そこには、「僕の夢」と書かれていた。
社長だ。
社長はいつも、太ゴシック体の文字で文章を打つ。店のあちこちに貼られている張り紙の、社長が作ったものはすぐに分かる。紙には次のようなことが印刷されていた。
僕の夢
・監視カメラをつける
・トイレを男女別にする
・エレベーターをつける・・・
読んでいくと、夢は、全部で7つあった。
お店を今後どうしていきたい、という展望を、社長の口から聞いたこともなかった。
今日みたいに、お客さんがほとんど来ない日もあるのに。
いつもふざけて抱きついてこようとする、ピエロみたいな社長が、こんな前向きな夢を持っていたなんて、思いもしなかった。
私はしばらくの間、紙を持ったまま個室で固まっていた。
「ねえ、ビールちょうだい」
部屋の外で声がした。
「は、はい!」
常連のコバヤシさんが、ほっぺを赤くして二階に上がってきた。
紙をもとの所に戻して、キッチンへ向かう。
この日は一日、仕事と接客にいつも以上に熱が入ってしまった。
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*1:※「富士見湯日記」とは……せんと♨︎ガールの学生時代のアルバイト先、「富士見湯ケンコー銭湯」での出来事を日記に綴ったものなのです。(銭湯の名前をクリックすると、地図が出ます。)