カエル折り紙2
富士見湯日記*1より。
2011年3月27日 晴れ
あの大地震から、半月ほど経っていた。
富士見湯の二階に来るお客さんの数は、がくっと減っていた。私だって、銭湯には入れても、なかなか飲んだり歌ったりする気分にはなれない。誰もいない二階のキッチンで、一人ネギを刻んでいた。
「うわ!」
突然の地震。余震だ。大きい。
キッチンを飛び出して、丸テーブルの前でおろおろする。冷蔵庫や背の高いゲーム機が、ゆっさゆっさと揺れている。あの日の恐怖が蘇ってきた。
私は3月11日のあの時間、小さな古いビルの五階にいたのだ。
部屋ごと大きく波に揺られているようで、一緒にいた2人の女の子は、悲鳴を上げていた。
今まで経験したことのない揺れ方だった。部屋中の壁が、紙で作られた模型のようにへろへろの頼りないものに感じた。
地震の揺れは大きく、私は悲鳴こそ上げなかったが、地震が止み、ビルから降りられた後も、心臓がばくばくしていた。
この富士見湯は大丈夫なのだろうか。緑の冷蔵庫の側面にしがみついて、小さくなった。
少しして、地震は止んだ。あの日より揺れは短かった。
だけど、まだ不安が収まらない。
「ちたねちゃん!無事かー!」
アキさんの叫び声がした。
青いはっぴを来たアキさんが、階段を駆け上ってきた。
銀色に光る、防災頭巾をかぶっている。下は、白い半ズボンで、裸足だ。
なぜか笑ってしまった。
「はい!大丈夫です!」叫んで返事をした。
「これ、被っておきな!」
アキさんに、緑色の野球のヘルメットを渡された。ずしりと重い。
「こ、これ…」
「もう片付けに入っていいから!」
アキさんは、大股でさっさと下の階へ降りて行ってしまった。
また少し心細くなった。
アキさんに渡されたヘルメットを被ると、頭がぐらついて、自分の首が頼りなく感じた。周りの音が少し聞こえにくくなるせいなのか、こもったようになるのがほんの少し、安心感がある。とにかく、片付けを終わらせて、早く帰ろう。
頭をぐらぐらさせながら片付けを終わらせて、この日は、銭湯に入らずに帰った。
*1:「富士見湯日記」とは……せんと♨︎ガールの学生時代のアルバイト先、「富士見湯ケンコー銭湯」での出来事を日記に綴ったものなのです。(銭湯の名前をクリックすると、地図が出ます。)